雨上がりの傘  ③ 忘れん坊大将

玄関に出て驚いた。
ランドセルが置いてある。
黄色いカバーがついた
息子のランドセル。

ウソ。
ランドセルを忘れる?

マンガみたいだ、と思った瞬間。
玄関の扉が開いた。

「お母さーん。忘れた!帽子、帽子。」

その言葉に更に驚く。

「帽子より、ランドセルでしょ⁉︎」

「えー。帽子忘れたんだけど。
 ランドセルはからってるよー。」

  本気で言ってるのかな?
「後ろ見て。」

「からってるか、ら、れれれ?
   あ、帽子あったけど、ランドセルない⁉︎
 おかしいなー。」

おかしいのは君だ。
どうやったら、ランドセルと帽子の
重力を間違えられるのか。

別の日にはくつ下を片方履き忘れて
戻ってきた。
「どうして、片方でやめるの⁉︎」
と、問えば
「お母さんが1度にたくさんのことを
 言うからだ。」
と、口をどからせた。

ケンカばかりしていた長女も
大変だったが
息子の忘れ物もすごすぎた。

可愛らしい話も1つあげておく。
ピアノの発表会で頑張ったご褒美に
おばあちゃんから
オモチャを買ってもらった。
オモチャと言っても、
本人のリクエストでチワワの
ぬいぐるみだった。
ワンワン、と鳴いてクルリと一回転
するのだ。

そのチワワを学校に行く前に息子が
玄関の真ん中にそっと置いているので、
何するの?と、尋ねたら。
ニコッと笑いながら

「学校から帰って玄関でチワワが
 オカエリって待ってたら嬉しいでしょ。」

今思い出すと可愛らしいエピソードだけれど、当時は
「そんな余裕があるなら
   持っていく物をもう1度確認しなさーい!」
と、言いたくなるくらい
忘れ物をしていた。


小学5年生の臨海学校の日。
前の日から準備してしたものを
しおりを見ながら1つずつ旅行バックに
入れていった。
2回見直して、もう大丈夫!
とやすませた。

朝ごはんを食べて、
荷物があるから車で送り
戻ってきたら、
確かに入れたはずの上履きが
置いてある。

なぜ⁉︎

後で聞いたら、
朝起きてもう一回、自主的に見直したら
入れ忘れた、ラシイ。

ひゃー!っと慌てて学校に行くと
先生が待っていた。

「お母さん、
 お届けありがとうございます。
 今持ってきてくださったところ、
 大変恐縮ですが、
 実はズボンのベルトも必要です。
 申し訳ないですが、
 そちらも持ってきていただけますか?」

ズボンのベルトもしてたはずだけど⁉︎

トイレで外していた。

はぁっ〜。ため息つきながら
ふたたび取りに行く。

息を切らして先生に渡すと
 「ありがとうございます。
  お母さん、たった2日間ですが、
  ◯君がいない間、
  ゆっくり休んでくださいね!」
先生が心から同情してくださっていた。


忘れん坊大将として
すでに学校でも有名人だった。
運動靴をどこで脱ぎ忘れたか
わからなくなるのも日常茶飯事で。

たまたま用事で行った
学校の表玄関で
1メートルも離れて左右の
靴が脱ぎっぱなしになっているのを
遠くから見つけた。もしや。
と思ったら息子の靴だった。
1/500人
こんな確立、当たりたくなかった。

学校でも、学校外でもいろんな物を
忘れてきた。
習っていた少林寺の大会に行けば
胴着を脱いだまま
置いてきた。

バッティングセンターで、
上着を置き忘れる。
お金を握って
買い物に行けば支払いの時には
掌にお金はなかった。

春を告げる初市で、
自転車用のヘルメットをかぶったまま
出店で買い物している息子を見つけた。
なぜヘルメットをかぶっているのか
聞いたら、
ヘルメットをかぶっていること自体を
忘れいた。


どうしてそうなるのだろう。

忘れ物回収に東へ西へ走ってきた。



6年生の最後の授業参観の日に
子供達から保護者への
器楽演奏のプレゼントがあった。

その後
保護者に向けて
子供達からのビデオメッセージが
上映された。
担任の先生からの粋な計らいだった。

子供達の
「お母さん、今までありがとう。」
たくさんのメッセージに
みんながクスリと笑ったり、
ホロリとする中、
息子の番になった。

丸々したなんとも抜けた笑顔で
彼はこう言った。

「お母さん!
 こんな立派な息子で良かったね!
    これからもよろしくね。」

大爆笑だった。

私も「もうー!」
と言いながら笑った。

笑いながら何故か涙が出てきた。

いつも忘れ物で怒られても
ケロッとして、
「しまったー!」と笑っている
天性の明るさを持った息子に

呆れながらも
実はとっても癒されていたことに
気づいたからだ。


女子と違って
男子は親離れしたら
あっという間に一緒にいれなくなる
と聞いていた。

君の忘れ物のおかげで
より長い時間とたくさんの思い出を
もらえたのかもしれない。
そう思えば
たしかに立派な息子かも
しれない。

そんな涙だった。
              

トリニティ

回り続ける三つの渦が、 織りなす世界を綴ります。