1番はわたし。 ③ えがお

地元の小学校で一輪車がブームになっていた。

長女が一輪車に乗りたいと、我が家でも
一輪車の練習が始まった。
自転車はあっという間に乗れた長女でも、
一輪車は難しかった。
最初のペダルの踏み込みから
その後の体幹のバランスも微妙で
簡単には乗りこなせい代物だった。
2〜3メートル進む、倒れかけて
降りる。
そこから先に進まなかった。
3日くらいで飽きた。

息子にはもっと厳しく、
踏み込むところからフラつき
先に進まず終わる。

上2人の練習が終わった頃、
さぁ、私、とばかりに次女が
練習を始める。

その粘り強さに驚いた。

最初は支えて手伝っていた。
夕方になり忙しくなり、
その場を離れると、いつのまにか
おばあちゃんが出動していた。
最初のペダルを漕ぎ出すまで
手を握って支える。
そこから2メートル進むと
フラついて降りる。
そこまでは長女と一緒だったが
次女はそこから諦めなかった。

夕飯ができて呼びに行っても
「まだあと少し」と戻らない。
おばあちゃんも真っ暗な中、
「もう一息だから、先に食べてて。」
と付き合ってくれる。
20時くらいまで頑張って
「だいぶフラつかずに進めるようになった。」
と、おばあちゃんも一緒に家に戻ってきた。
おばあちゃんの粘り強さにも感服した。

こういうことがなかなかできなかった。
毎日のルーティンをこなすことが
精一杯で、子ども達のその時々の
集中したい、という強い思いを
急かしたり、はぐらかしたりして
向き合えなかった。

でも。
子ども達のやりたい!
と目を輝かせる瞬間は
今になって思うとすごく大事な
タイミングなのかもしれない。

子ども達にとって
おじいちゃん、おばあちゃんの
そういうタイミングの時の手助けが
どれだけ支えになっていたのかと
改めて思う。

次の日も小学校から帰ったら
すぐに練習をする。
手伝いがいない時は
庭の倉庫の壁などを使って
スタートする。
毎日少しずつ距離が伸びていく。

そして数日後には、マスターした。
下唇を噛み締めて、
体でバランスを取りながら
器用に下半身を前に出し
こいでいく。
スタートから一人でできるように
なった。

長女も息子も見にきた。
「すごーい。」
みんなも驚く。

この数日間の集中力は
大したものだった。

次女が初めて、長女を追い越し
我が家で1番になった。

一輪車の上で
みんなより背が伸びたように、
次女は得意げに笑った。

私にはできるはず、そんな強い想いが
次女を支えていた。



だが、そんな次女も
大きな負けを認める日がきた。

小学校に上がると、幼稚園の女子で
1番だったかけっこが、
1番ではなくなった。

それはリレーで判明した。

徒競走では、1番が取れた。
赤いリボンをもらって肩に止める。
誇らしげだった。

同じ列の子どもの中では
10Mくらいら
差をつけて速かった。
おじいちゃんも、おばあちゃんも
大喜びだったし、私も大きな声で
応援した。

ところがだ。
団対抗リレーでは
次女より小柄な女子が
スタート同時にものすごいスピードで
かけていく。
その速さに場内にうわぁ〜という声がひびく。
あっという間に、次女との間に 
10M以上の差がつく。
次女と次の選手の間にも10Mの差がつく。
今まで見たことのない速さの 
女子だった。
圧倒的だった。
その差はゴールまで縮まなかった。


また泣いていないか心配して
ゴール後に並んでいる場所を
見にいったが
ちょっと顔をふせがちに
笑うとも泣くとも付かない
心許ない顔を見せる。

その負けっぷりを
すでに予行演習で味わっていたらしい。
そして負けた相手も仲良しの
お友達だったのだ。

悔しくても泣けないこともある。

努力しても叶わないこともある。

次女にとって
大好きな運動会が苦い思い出になった。

そして、
世の中が少しだけ広くなった。

でも、その出来事は次女のそれからを
少しずつ変えていった。

                つづく








トリニティ

回り続ける三つの渦が、 織りなす世界を綴ります。