選んでいいの?涙の告白 ⑧

京都で初めて参加した夏季講習で
うちのめされていた。

デッサンの違いも
大きかったんだろう。
はりきって京都の夏季講習に
参加したものの、
すぐに実力の差を
思い知らされらしい。

2週間の講習のうち、
後半初めに実技模試が入っていた。

ライン電話が鳴った。

「もう無理だから。
    全然ダメだもん。
    全然違うもん。
    模試受けても無駄だから
 受けないから。」

一方的にそう言うと、電話を切った。
その後、何度かけ直しても
つながらなかった。

模試を前に逃亡したのである。
翌日も全く電話はつながらない。

どこに行ったのやら。
余計な心配まで湧き上がってくる。

知らない土地で
どこかをさまよっているのか。
早まったりしていないか。
心配は妄想になりつつあった。

日曜の夜、やっと電話がつながった。

思ったより明るい声だった。

「奈良に行ってきた。
 鹿がいっぱいいて、可愛かった。
 
 もう画を習うのはやめて、
 大学も美術系はやめて、
 趣味で描けばいいやって思ったんだよ。

 ブラブラ歩いていたら、
 小さなギャラリーがあってね。
 覗いてみたら、おじさんで。
 入っていいよとて言ってくれたから。

 素敵な画だったんだよ。
 油絵だったけど、
 ガラスが溶けたのみたいなのも
 組み合わせてあって。

 それでね、
 その画を描いた人が
 大学に行ってなかったらいいなぁと思って、
 もし、その人が大学に行ってなかったら
 私も大学に行かなくても
 画を描けるかもしれないって。

 だから聞いてみた。
 美術の大学、行きましたか?って。

 そしたらM美術大学に行ったよって。

 がっかりしたんだよ。
 なんだ。有名な大学じゃん。

 だからおじさんに聞いたの。

 今、夏季講習に来てて、
 全然ダメで、
 もう大学行くのやめようかなーって、
 模試をすっぽかしてきたって。
 大学、行かないとダメかな?って。

   そしたら、おじさんがさ、

 ダメじゃないよ。

 大学行かなくてもいい画描く人は
 いっぱいいるよって。
 でもさ、せっかくこんな遠くまで
 きたんだったらさ、
 夏季講習の最後まではやってみたら
 いいんじゃないかって。
 
 大学に行く、行かないより
 夏季講習だけは最後まで受けてみたら。
 って、言ったんだよ。
 
 だからね、模試サボったけど、
 一応最後までは受けるよ。

 あのおじさんの画、
 素敵だったんだ。」

長女の想いが切なかった。
ホッとしたら涙がこぼれた。

そして見知らぬおじさんの優しい言葉に
ただただ感謝だった。

大げさかもしれないけれど、
この娘は守られている、と
そう思えた。

K芸大の予備校と言われるスクールで
その大学ばかり目指して
日頃から通っている生徒たちの中で

デッサンを一からやりなおされ
厳しい指導を受ける中で
実力を思い知らされて
投げたしたくなる。

まだ18歳になったばかりだ。
わからないでもない。


でも逃亡した先ですら


また画に出会い、

また画に癒される。


迷いながらも進んでいる。
そう思えた。

遠く離れた地で1人で受けた夏季講習で

長女は初めて

自分の実力に

向き合ったのだ。

                 つづく
 
  
 



トリニティ

回り続ける三つの渦が、 織りなす世界を綴ります。