わたしを見つける

2020年の7月
九州や岐阜県での大雨による
大きな災害を目の当たりにして
自然の脅威に
身がすくむ。


実家の母の故郷が
甚大な被害を受け
子供の頃に遊んだ川沿いや
街並みが
無残な景色になり
ただ手を合わせ
光を見失うことがありませんように
と、祈るばかりだ。



古タオルと新しいタオルをかき集め
できるだけの歯ブラシと歯磨き粉を
現地に向かわれる方へ
とりあえずの気持ちで
お願いした。



何日も続く夜の雨音に
眠れない方も多いのでは
ないだろうか。


コロナに続く
自然の脅威に

わたし達は
なにを見つけていけば
いいのだろう。









梅雨入りの頃
久しぶりに姉夫婦に会った。



姉は
県外に住んでいて


最近は毎年会えるけれど


子供が4人いて
大忙しで
かっては
お舅さんの介護が何年も続き
数年前までは
なかなか里帰りもできずにいた。


遊びに行けば必ず
義兄が
褒めまくるほど
姉は料理もうまくて
家族に尽くす
良妻賢母の鏡みたいだった。



義両親を見送り
子供達も結婚して
ようやく
姉も自分を生きる時が来て


アロマの勉強をしたり
心理学を学んだら
生き生きと楽しそうに
過ごしているのを見て
私も嬉しかった。



そんな姉も、
わたし同様に
長く自分を苦しめてきた
想いがあった。
 

姉妹って
自身に対する
同様のテーマを抱えて
生まれてくるのかなって
と思うくらい、


お互いの哀しみや辛さが
共通していたりして
乗り越えていく過程を
支えあっているなぁ
と、しみじみ思っていた。


誰よりも
お互いの良き理解者だった。



姉は自身に対する
想いがより複雑に
絡んでいて、


長年胸の内に抱えていた恐れが
あった。



そしてある時、
その恐れが
現実化するような
大きな出来事が起きた。



自分の時間を
楽しみだしたころだった。


それから
とても苦しい時間を
過ごすことになった。



あんなになんでも頑張ってきた
姉に対して
どうしてこんな出来事が
起きるのか
信じられなかった。



姉の哀しみは深かったし
怒りと失望で
電話口で泣き叫ぶ
こともあった。


 
仲の良かった姉のそんな姿に
私も翻弄されたけれど


なんとか支えたかった。



そして
姉妹でも
起きた出来事に対する
対応や考え方は
違っていた。



その実、ずっと深いところで
自身の気持ちを知っていたからこそ


良妻をかなぐり捨てて
向かっていくことがあっても


何もかもを露わにせず
目を晒したり
飲み込んだり


自分と戦いながら
嵐の日々を
懸命に過ごした。



姉をなだめたり
はげましたりしながら


最後には
いつも

「どうありたいのか」

問いかけた。



右、と言ったり
左、と言ったり


投げやりになったり


前向きになったりしながら


半年も過ぎた頃
事態は収束した。




そして

姉の
日常は戻ってきた。


でも


苦しみは和らいできたように
見えても


どんなに
拭い去ろうとしても



姉の受けた傷は
簡単には塞がらなかったし



一つの出来事に
不安を感じれば
どれだけでも
猜疑心は広がっていった。




それから2年が
過ぎようとしていた。



この2年の間に


姉は
家の中で悶々とする
自分を変えたいと
30年ぶりに外で働き始めた。

 

子供達のために作っていたお弁当を
今度は自分のために作り



新しい世界(職場)に
飛び込んでいった。



30年ぶりの外での仕事は
事務仕事も
体力を使う仕事もあり
ヘトヘトになった。


でも人と触れ合う中で
喜ばれ、
何よりも時間があっという間に
過ぎていった。



職場での人間関係、
仕事でのチャレンジ

頑張っても
頑張っても


次々と現れる課題。


子供のように

「わたし、また上手くできなかった。
 こんな時どうしらいいと思う?」


LINEや電話で話を聞きながら

子どものように
懸命に考えて
少しでもうまくこなすためにと、
仕事に向き合う姉の姿は



妹から見ても
本当に素直で実直で
そのひたむきさに
胸をうたれた。



姉のこのゼロからの
チャレンジには
尊敬の念を抱いた。



外に出て
姉は
小さな世界で
常に守られていたことに
気づいていく。



同時に
守られるだけの存在で
ないことにも。



たくさんの気づきを得て
輝きを取り戻していく。



でも
時々に


起きた出来事を
思い出しては


感情が引き戻され
怒りの気持ちがわきあがり


自分をなだめきれずに


家庭の中で小さな嵐を
起こすこともあった。





少しずつ


その間隔が
延びて

家族の関係性も
ずいぶん変化しつつあると
聞いていた。





そんな頃の再会だった。

 


その日も夜から
ひどい雨だった。


姉夫婦と食事をして
美味しい食事と会話を
楽しんでいる時



義兄のひと言に
姉の顔色が変わった。


お酒を飲んでいい気持ちになって
少し姉をからかった風の
言葉ではあった。


「わたしにはわたしのやり方がある。
 口出ししないで」


今までの明るい笑顔が
ひきつり、
肩に力も入っていた。



「喧嘩にならなきゃいいけど」

そう思った。



案の定、
ホテルに戻ってから
もめたようだった。



繰り返される会話に
義兄も姉も
お互いに
嫌気がさしながら



その一言を握りしめて
許せなかった。




翌日、姉と2人で朝から
神社に行く約束をしていた。


向かう途中は
昨夜の雨から
霧に変わり
辿り着けるのか
心配になるくらいだった。




昨夜の2人の状況を
説明しながら



姉は肩をいからせて

「わたしを傷つけた
 彼が悪い」

そう、憤慨していた。


「そう?
   わたしにはお義兄さんが
 悪気を持って言ったセリフに
 聞こえなかったよ。
 ただ、こうしたら?って
 提案したかっただけじゃない?」


「いや、だって比較したでしょ。
 わたしは傷ついたんだから。
 謝らない向こうが悪い」
 

「いつも、謝らないから。
 前もそう。

 ちゃんと謝ってくれないから
 わたしの中でふんぎりがつかない」


そう話しながら
姉の目にはうっすらと涙が
浮かんでいた。



「落ち着いて。深呼吸して」


「お義兄さんが、
 あなたを傷つけるつもりがなくて
 言った言葉に
 あなたか傷ついたとしたら
 それは誰が悪いの?」


「傷つけるつもりがなくても
 たびたび
 謝らなきゃいけないの?」


「いや、そこまで
 言ってるわけじゃない。
 ただ、
 比較してるって感じたから」


姉は少し落ち着きながら
そう言った。


「相手が比較するつもりもなくて
 あなたが傷ついたとしたら、
 あなたに傷をつけたのは
 本当はだれ?
 比較されたよって
 あなたに思い込ませたのは
 だれ?」



「傷つけた人?
 
 え。

 わたしなのかな。


   そうね。
 いつもそう思っちゃう。

 子供の頃から
 比べられてきたから」
 

「そうだよね。

 それはただの反応なんだよ。
 こう言われたら
 怒らなきゃって。


 でも昨日の発言は比べたって
 と言うより
 〇子もそうしたら
 もっと良くなるよって
 言ったんだと思う」



「あ。

 あ、そうかもしれない。

 きっとそう。



 本当は
 こんなことでもめたくなかった。

 しばらくこんなことで
 喧嘩したりしてなかったのに。


 せっかく楽しかったのに」



姉は泣いていた。



「傷つけられたよって
 あなたにいつも
 言ってくるのは
 被害者意識だよ。


 前のことで
 わたしは傷つけられたって
 ずっと握りしめてるから
 

 相手が思っていないのに
 その言葉を捕まえて
 また傷つけているよって
 
 あなたを煽っているんだよ。
 


 あなたが被害者でいる以上
 相手はずっと
 加害者でいなきゃ
 いけない。

 意図してないことまで
 拾って
 謝ることを強要
 してるんだよ。


 いつも責められる人だって
 苦しいよ。

 
 まだずっと、
 被害者でいたいの?」
 



「ううん、

 いたくない。


   ただ、

 本当に信頼できるように
 なりたいだけ」



ちょうど神社にたどり着いた。


辺りは霧も晴れ
水辺まで
はっきりと景色が見渡せていた。



白龍神社の前で
姉は大きく深呼吸した。


「本当に信頼したいなら
 被害者やめようよ。


 あなたの側からだけ
 考えてみて。


 ずっと前から
 心配してたよね。

 こんなことになったら
 どうしようってね。
 たしかに魅力的な人だもんね。


   例えばだよ、

 今回のことが 
 あなたの心配が
 引き寄せて
 現実になったんだとしたら?」



  姉は冷静になっていた。


「そうだね。

 すごく苦しかったけど、
 そのことをきっかけに

 外に出て
 働いたり
 できなかったことを
 できるようになったり
 
 嬉しかった。
 

 いつも自信がなかった。


 一生懸命やらないと
 自分のことを
 認められなかった。


 他の人と比べて
 背伸びしては
 疲れたり


 でも、あなたがいいのよ、
 って周りの人からも
 言われたりして
 

 わたしは他の人にならなくても
 いいんだって。


 そう、

 前よりずっと
 今は自分のこと
 好きになっている。


 わたしのままで
 いいと思ってる。


 そうだね、


 被害者のままで
 いる必要なかったね」
 
 

 すっかり肩の力が抜けて
 柔らかい表情になっていた。


 姉の心がそのまま空に
 映し出されたのかのように


 霧も晴れた辺りは
 あざやかに晴天になっていた。



 奥宮に向かい
 清々しい気持ちで
 赤い本殿にお参りした。



 階段を降りると、
 その脇の石の隅に
 何か白い大きな虫のようなものが
 とまっていた。



 2人でしゃがみ込んで見ると


 銀ヤンマが
 ヤゴから抜け出て
 脱皮していた。


 今まさに羽化しようとしていた。



 大きな目玉と
 長い羽根は
 まだ薄い銀色で、
 体は
 淡い黄色に縞模様が
 うっすらと浮かび上がって
 きていた。


 2人して顔を見合わせて
 笑った。


 「出来過ぎだね〜。

  龍の神社で
  龍の化身の銀ヤンマの脱皮だよ。
  
  今まさに
  被害者意識を抜けて
  新しいわたし達が生まれました〜」



晴渡った空を仰ぎ
大きく手を広げて深呼吸した。




まるで
そのまま飛べそうな気がした。





ふと

「人生って
 わたしを見つける旅だ」

と、思った。



何かにならなきゃと、
目標を定めたり
するのが
昔から苦手だった。


わたしは何になれば
いいのか
いつもわからなかった。



そうか、
目標は人参なんだ。


あってもなくても
良かった。



何かに悩み
行動したときに
歩き出す
小さな一歩は


新しいわたしを見つける歩みだ。



わたしが抱えてきた


「ワタシの幻想」

これがワタシなのって
思い込みや
反応や
感情を


気づきと共に
置いていくとき



新しいわたしに

出会っていく。



ほんとうのわたしは


もっとずっと大きくて広い。



広大な
宇宙のようだとしたら(笑)





雲一つない空を見上げながら



たった今、浮かんだ

「わたしを見つける旅」

という言葉が



小さい頃から
わからなかった


「長い人生を生きる意味」

の答えのひとつのような気がして


嬉しかった。



トリニティ

回り続ける三つの渦が、 織りなす世界を綴ります。