お掃除大作戦




秋も深まり
衣替えや布団も冬支度にして
さらに
冬至までに大掃除を終えなきゃと
慌ただしい毎日を過ごしている。



幸いなことにお天気が続き
拭き掃除も
暑いくらいの日差しの中で
テキパキと進む。



窓ガラスを既に30枚以上
拭いていた。


その中の12枚は木製の枠で
こまやかな細工がある。


雨戸もアルミ戸から木製、
シャッタータイプまで
12枚ほど。


もう、ゴシゴシと拭くというより
擦っていた。
柔らかめのスチールタワシまで
登場した。


ニスの塗られていない
木製の汚れにタワシは
効果的だった。



脚立も出動して
窓の上の嵌め殺しの窓も拭いた。
そこは枚数には入っていない。



実は
初めて拭いた場所でもある。


おばあちゃんが
「そんなとこ、拭いたことない」
と、脚立に立って嵌め殺しの窓枠を
拭く私に目を白黒させていた。


と、いうことは50年くらい
拭かれていないのか?


バケツの水は一度で真っ黒になる。


毎日泥だらけの雑巾を数枚、
洗ってほして
また使って
とうとう
雑巾が破けた。


我ながら
驚いていた。


ただ
綺麗になっていくことが
単純に嬉しかった。


そして
脚立に立っても怖くないのは
ヨガのおかげだった。


いつのまにか体幹が
しっかりして
身体が軽い。



関係のないように見える
事柄がつながっていく。

 


やはり
拭き掃除は
キリがなかった。


 

いつも、
掃除はあまり好きでない、
と思っていた。



自営の仕事を 
手伝い始めた時から忙しく、
子どもが生まれてからは
更に忙しく。



この26年、
築90年の古さと広さを理由に
汚れを見て見ぬふりを
してきた。


心の中では自分を責めていた。



だから
掃除はキライと
思いこんできた。



でも、違っていた。

嫌いじゃなかった。



嫌いだと思い込んでいた私は
余裕がなかっただけで、


時間ができたら
掃除を楽しんでいる
ワタシがいた。



草引きの時と同じ気持ちを
味わっていた。



「ワタシハダレ?」



私とワタシは同じではない。



50代を半ばにしても

まだまだ知らないワタシに
出会える。



だから
私を限定しない。


 
私はどんなワタシにも
変化していく。




私がそうなら
きっと

他人もそう。



あんな面があったって、
こんな面もあるかもしれない。


 

ジャッジをしないことの
恩恵は
計り知れない、と
改めて思う。




最近はより深い
拭き掃除を求めて
とうとう米ヌカを
手に入れた。


米ヌカで
汚れが染み込んだ柱や窓枠が
どこまでキレイになるかは
未知数だけれど


少なくともツヤは出ている。
自然の素材を使った
掃除が
冬至までの
楽しみでもある。



まるで
ブログを書き始めた
昨年の今頃のように、

今は掃除に夢中だ。



さてさて
来年の私は何に
夢中になっているのやら。





自営の仕事も
人手不足の波がきつつ
お手伝いできるように
少しずつお勉強中。



これまた嫌だなぁ、
と思っていたのだけれど
いざやりだすと、
そうでもなかった。

 
  
嫌だなぁが
嫌でもないな、になり


やらなきゃ、が
やってみよう、になり
  
 
覚えなきゃ、が
覚えよう、になる。



そうして日々を過ごしていくと

 

いつのまにか
起きる出来事に対する
不安は少なくなっていく。



「毎日を丁寧に粛々と」


この言葉の意図が



いつのまにか
身体と心に
染み込んでいた。



トリニティ

回り続ける三つの渦が、 織りなす世界を綴ります。