カオスな新年


大掃除も終わらないままに
新年を迎えた。


けれど
せっかく修復した屏風を
せめて1年に1度は出してあげなければと

30日に生花をいけた。


そして昨年の目標に掲げていた
お座敷のお片付けも
なんとか
なんとか
頑張った。


脚立に掃除機を持って 
登って

手の届く範囲で
高い格子窓との隙間を
掃除機をかけた。


あとは
ハタキ

日本間の掃除に
つくづくハタキは欠かせない。


格子窓も障子も
ハタキ無くしては
埃を払うのは本当に大変。


本当は二間続きのお座敷なのだが
もう一部屋は
押し入れの改造を予定しているため
まだ途中なので


とりあえず一部屋だけ
ご開帳。


ここに置いてあった
布団タンスやら
お琴やら
置物やら


とりあえず
使わなくて空間を埋めているものを

全て撤去した。


そうして
ようやく
お座敷が座敷の役目を
取り戻した。

その日は12月29日だった。
なんとかギリギリ間に合わせた。

達成感でいっぱいになった翌日には
ニワトリさんを二羽抱えた娘を駅まで
迎えに行った。


夕方の遅い時間にご一行が
到着したため
道路も混んで降車場もズラリと並んでいた。

前にも後ろにもリュックを
からった長女が

車に向かって歩いてくる。

あの姿で新幹線に乗っていたのかと
苦笑いする。

しかし
車に乗り込んだと同時に

「きつかったね〜」
水色のリュックから
放たれたニワトリさんたちの
羽ばたきぶりに

目を白黒させながら

ペット用のリュックのありがたさを
感じずにはいられなかった。

しかし
羽ばたきが終わると

思っていたより
ニワトリさんたちは
大人しかった。

座席のシートに丸く膨れて
座ると

小さな声で
ココココココ、コオオ、
ククク、ルルル
とかなんとか
文句なのか
安堵なのか
よくわからないつぶやきを
繰り返すうちに

いつのまにか眠っていた。



「リビングには
 置かない約束だったじゃん」

そんな言葉をかけても

「それが意外と温度差に弱くてさ〜
 寒いと弱るから仕方ないよ」
 と、
躊躇なく
ニワトリの飲む水や餌入れまで
リビングの隅に設置し出す長女。
 
「ここにはネムちゃんもいるから
 無理だよ 」

「大丈夫、猫の方が弱いから」

その言葉通り

ネムちゃんを
見つけても
怯えるでもなく
近づいてくる
ニワトリさん達を、

威嚇しながら
後退りするのは
ネムちゃんだった。
 

リビングのすみで
警戒しながら

この見たことのない
生き物たちを

凝視していた。


この1週間、
ネムちゃんの神経が
持つのだろうか?

そんな不安をよそに

あっという間に
ソファはニワトリさん達に
占拠された。
我が寝床をムックルに乗っ取られて
威嚇しながも逃げるネムちゃん。


更に驚いたのは
冷蔵庫を開けると

ニワトリの1羽
ムックルが
すごい勢いで
走ってくるのだ。


野菜をもらえると
思っているらしい。

バサバサと
駆け足で走ってくるニワトリさんは

可愛い、というより
怖かった。


おばあちゃんは
面白がっていた。

ニワトリのオムツ姿を喜んでいた。

特に天然記念物のネルちゃんの
優雅な動きと
羽の美しさには
感心していた。


どんな状況にも
すぐ馴染むのが
我が家の家系の特徴のようで

夫は夕食後には
ニワトリを胸に乗せて
ソファで寝転んでいた。

私もキャベツをあげたりしながら
少しずつ
ニワトリさん達との

距離を近づけつつあった。


寒さゆえ
部屋から出ていけない
ネムちゃんだけが
憂鬱な表情で


部屋のすみから
この状況の
改善を訴えていた。



翌日には
ネムちゃんの精神安定のために

ニワトリさん達よりも
やや高めの
パソコンデスクの上に

ネムちゃんのベットを
設置してやると

ようやくホッとしたのか
昼寝ができるようになった。



新年のテーブルでは
なぜかおせちとニワトリさんの
写真撮影会が行われた。
1日に帰ってきた次女も
初詣から帰ってきた長男も

ニワトリさん達に占拠された
部屋を見て
大笑いしながら

あっという間に
手なづけて
ムックルを
抱っこしたまま

ジャニーズの番組に
見入っていた。


「なんなんだ、
 この動じなさは。
 
 動物園でも暮らせそうな
 人ばかりだな」

そんな感想を持つことで

どんな状況にも
すぐに馴染む変わり者たちと、
一線を引くような感覚でいた。


そんな私も
時おり日光に当てなきゃと
洗濯物を干す傍ら

ニワトリさん達も庭に放して
遊ばせたりしながら
残りの数日を過ごしていた。




4日から大学の始まる長女は
3日に帰ることになっていた。

当日風邪気味の長女は
駅までの車の中でも

具合が悪いと
横になっていた。

その横に
ムックルが丸くなって
座っていたのだが

なぜか
雄叫びを上げるのだ。

「コオオオオオ〜」
「ココオオオオオ〜」

運転しながら
「ムックルは何叫んでるの?」

と尋ねると
「いきんでるみたい」
との返答。

「えええ! もしや卵を産むの?」

と、尋ねると

「昨日早くから
 カゴに入って寝てたから
 多分そろそろ慣れて卵を産むかも、っ
 思ってたんだよ〜。
 今頃かぁ」


駅が近づいたころ
後ろから手が伸びて

車のドリンクホルダーに

白い卵がポンと置かれた。

「はい、ムックルからお宿代」


そう言って置かれた卵は
まだホカホカに温かった。


ニワトリさんでも
一宿一飯の恩を返すのね、
なんてしみじみしながら


けっこう新幹線の時間に
ギリギリなことに気づき
焦りまくる。


またしても混雑している
降車場のラインの手前で

長女とニワトリさん達を
下ろすことにした。


重いリュックに後ろに
引っ張られるようになりながら、
前にはニワトリさん達の
水色のリュックを抱え

体調不良できつそうにしながら
長女は駅に消えていった。


ハズだった。。



のに、

Uターンして
家に戻る道を進み始めた頃
スマホのベルが鳴る。

慌てて取ると長女からだった。


「公衆電話から電話している!
   スマホを車の中に落としてるから
 急いで持ってきて〜。
 3分前まで待つから」


なんてこった!

新年早々
こんな落とし穴があったとは。

卵の恩返しに
しんみりしているどころでは
なかったのだ。


もうすでに発車10分前だった。

またしてもUターンして
駅に戻る道を進む。

信号が長ーい、
と思うと

また電話。

「外で待ってるけど、まだ?
 もう間に合わないなら行くけど、
 その時には宅配便で送ってね。
 3分前まではいるから」

そう言って電話は切れた。

間に合わなさそう、とは返事した。

しかし、
諦めるには微妙な時間だった。

もしかしたら間に合うかも、
というラインだったのだ。


降車場はさっきより
空いている。 

タクシーの待機場が
すっからかんで
ここに一瞬停めめても
大丈夫かも。

2分前だから長女の姿はなかった。

車を停めて
スマホを持って走る。

改札口の駅員さんに事情を話すと
早く行きなさい、と後押ししてくれた。


その時、1分前。

エスカレーターを
駆け登り


新幹線に走り寄ると、
発車のベルが鳴る。


何号車か聞いてない、
ことを悔やむ。


5号車くらいまで
覗いたけれど

人も多すぎてわからない。


ゆっくりと新幹線が
動き出した。


長い車両がどんどん
追いこしていく。


「ここまで来て
   見つからないなんて」


ただ見送るしかなかった。



マスクをしたまま
走り込んだおかげで

酸素が足りなくて
気分が悪くなる。

がっくりと肩を落として
戻ってくると


駅員さんが
「間に合ったかい?
   間に合わなかったら
 すぐそこにヤマトがあるから
 そこで送ったらいいよ。
 関西なら明日着くからね!」


ありがたい情報に
お礼を言いながら


すぐに送る手続きをした。

翌日の昼以降には届くそうだ。



なんだか
ホントに力が抜けた。


「間に合わなかった」



帰りの車の中で
脱力感がすごかった。



いつでも
どんな時でも

駆けつけてきた
気がしていた。


「お母さん!」

と、電話が鳴ると

文句を言いながらも
ミッションをクリアしてきた、

と思っていた。


だからこそ
間に合うかもと、思うと

諦めらめきれなかった。


多分夫なら
電話があった時点で

「送る」、と言うだろうな。

そんなことをぐるぐる考えていた。



「期待に応えたかった」


そんな言葉が浮かんだ。


そうか。

母親として
いつまでも子供達を助けられる
存在でいたかったんだ、

そうできる、って思っていたことに
気がついた。


でも
実際にはそうでなかった。



そして、
長女もちゃんと諦めて
席に座っていたのだ。




間に合わなくても
明日には間違いなく
長女の手元には
スマホが届くのだ。


そんなに必死に届けようとしなくても
なんとかなる世の中だし


もう子供たちの期待に
応えられなくても
大丈夫なのだ、


そのことも
同時に

胸の中に降りてきた。




ニワトリさん達もそうだ。


実は二羽目の天然記念物のネルちゃんを
引き取るつもりでいた。


二羽もアパートで飼うのは
さすがに問題だろう、と


仕方ないけど
引き取ろうと
思っていた。


でも
長女は

もう愛情があるから
手放したくない、と言った。


実際にニワトリさん達と
過ごして


家の中でネムちゃんと
一緒に暮らすのは
無理なことだと
実感した。



そうだ。


もう何もかも
引き受けなくてもいいんだ、
と。



期待に応えられない、
引き受けられない
淋しさと



応えなくてもよい、
引き受けなくてもよい
安堵感と



両方の気持ちが


脱力感になっていた。




あらためて
子供達とは、
違う暮らしをしているんだと
感じた。



長女にニワトリさん達という
新しい家族がいるように


私たちも
2人と1匹の暮らしが
すっかり
当たり前になっていた。




やれやれ、と家に帰り着くと



ネムちゃんが
ソファの周りや
部屋の中を
くまなく点検していた。



ニワトリさん達がいないことを
確認しているのだった。


そして
ソファに登ると

毛布にくるまって 
安心した顔で眠っていた。


無理やり起こして抱っこしてみると


ネムちゃんの体重は
少しばかり
軽くなっていた。


猫もストレスで
痩せるんだね。



辛い想いをさせたね。



お母さんも
お正月は
大変だったよ。



いつまでも
お母さんでいれると
思ってたけど


お母さんも


できないことや

無理なことは
無理だって


これからは
言うようにしなくちゃね。



もうみんな


お母さんより

ずっとずっと

若くて
元気で

それでも

大人なんだよね。



そう、
次女も無事に
成人式を終えた。



明らかに
一つの役目の区切りがあって


それを手放した
このカオスなお正月の
ギフトは


すっかり
やる気を持ち去り
お正月以降、

いつまでも
寒さに任せて

ゆっくりと過ごしている。




さて




今度はどんな
わたしに
出会おう。



もっと自由で
わがままなわたしにも
出会ってみたい。
押し入れから出てきた
ニワトリの置物を

スチームクリーナーで
ピカピカにして

ニワトリさん達をお迎えした。

これもまた夫のおじいちゃんの宝物。



遺伝子はどこまでも
好きなものまで
伝えていくのかな。


トリニティ

回り続ける三つの渦が、 織りなす世界を綴ります。