雨上がりの傘 ②

1歳を過ぎても息子は
歩かなかった。
頭が大きくてフラフラするのが
怖いみたいだった。
言葉も少なく、
意地悪する姉に悔しいのか
おでこを床にぶつけながら
泣いていた。

こんな年齢で自傷行為とも取れる
行動をすることも
余計に不安に感じたし、
いろんなことに焦りを感じて
しまっていた。
夫に相談しても
そのうちおさまるよ、と
気にも留めていない風だった。

ある日、遠方に就職した歳の離れた弟が
遅い夏休みを取って遊びにきてくれた。
動き回る長女と歩けない息子を
1人では見れなくて
普段は連れて行けない
遊具のある大きな公園に
一緒に出掛けた。

真夏の日差しが和らいだ
気持ちの良い秋日和で
久しぶりにいっぱい遊べて
長女もご機嫌で
私も嬉しかった。

弟と長女は芝生に寝転がり、
気持ち良さげにしていた。

すると眠くなったのか
息子がぐすりはじめた。
11キロある息子を
抱っこしてあやすのが大変で
私の口調もだんだんキツくなった。

見かねた弟が言った。
 「もう少し優しくあやしてあげなよ。
  なんだか◯君に冷たくない?」

責められている気がしてドキッとした。
少し泣きそうになりながら
言い訳した。

「だっていつもなかなか
 寝てくれないんだもん。
 重くて大変なんだよ。
 いつまでも歩かなくて。

 でも大丈夫!
 私の代わりに
 おじいちゃんとおばあちゃんが
 目の中にいれても痛くないくらい
 可愛がってくれてるから。」

と、無理に笑おうとした。

しばらく無言だった弟が言った。 
息子の手を取りながら。

 「◯君にはお母さんは1人だよ。

  おじいちゃんやおばあちゃんが
  優しくしてくれても、
       お母さんは1人だけだよ。」


       わかってる。
  わかっていた。
  
弟はいつも優しい人だった。

静かな言葉にイライラと焦りが
シューっと抜けた。
横を向いてこぼれそうな涙をふいた。

 「、、、そうだね。」

その言葉を伝えるために
会いに来てくれた気がした。
芝生に寝転がる弟の姿と言葉を
今でも時折思い出す。



しばらくして
1歳3ヶ月を過ぎると
長男がはようやく歩き出した。
少し遅れたが、
言葉もシナプスがいきなり
つながったかのか
堰をきったように話し出した。

言葉を話だした長男は
今までの心配をよそに

マイペースでノーテンキだった。



雨上がりの傘の思い出とともに

雨降りの傘の思い出がある。


中学生になった息子は
傘を持つのを嫌がった。
傘を持つより
濡れる方がいい、と言うのだ。
驚いた。
そんな人もいるんだ。
子供達は次々に私の概念を
壊していく。

最初は持たせようと頑張ったけど、
かたくなに持っていかないので
もう諦めた。

でもある日のどしゃぶりに
傘を持って帰ってきた。

「さすがに傘買ったんだ。」
と言うと、
きまりの悪そうな顔をして言った。

「あんまりひどい雨だったから
 もうすでに濡れていたけど
 コンビニの前で雨宿りしてたら、
 大学生みたいな人が、
 自分の傘を渡して、
 これ使いなよって。
 大丈夫です、って言ったけど、
 いいから!と
 無理やり渡されたから。。。」

今どき親切な人がいるんだな、
と感心してたら、

またしばらくして、
ずぶ濡れの息子に
今度はサラリーマン風の人が
傘を渡して去っていった。


それから息子は傘を
持っていくようになった。

いくら傘が嫌いでも、
自分が濡れてまでも
傘をさし出してくれる人達に
申し訳なさを感じたのだろう。


後日
その話を夫に伝えた。

すると驚いたことに
夫も学生の時に
傘を持つのが嫌いで、
持ち歩かなかったら、
やはり知らない人から
傘を渡されて恐縮したそうだ。

遺伝子ってコワイ。

そんなマイペースな息子のお話。

            しばらく つづく










  








トリニティ

回り続ける三つの渦が、 織りなす世界を綴ります。