雨上がりの傘  ⑨ 自転車 

モバイルハウスを作り上げて息子は
更にじっとできない男になっていた。

ちょっと暇になると
「あー、退屈だぁぁぁ。」
と、叫びだす。

そんな時に気を紛らしてくれる物が
自転車だった。

友達と4〜5人で
自転車日帰りツアーを組んで、
40キロ離れた海まで出かけたり、
フェリーを利用して、
海の街で海鮮丼を食べに行ったり
春休みや夏休みの
遊びの企画は大好きだった。

自転車と言えば、
事故の多い息子だった。

中学3年時、街中に向かう下り坂の
大きな交差点の手前で、
ブレーキをかけながら下っていたら
ハンドルを切りそこない
歩道の囲みに激突して自転車ごと
ひっくり返った。
交差点手前で歩道も広く取ってあり
車道に出ることはなかったのだが、
自転車は動かなくなった。

携帯が鳴り、息子のSOSを聞いた。
ケガはそうでもないが、
自転車の大破がすごいかもと。

あいにく地元の田舎に戻っていたので、
私が1時間かけて市内に戻る間に、
普通なら15分でいける
自転車屋に修理に行くほうが
早いと思った。
なんとかそこまで自転車を持って行き
そこからまた
状況を知らせるように伝えた。

自転車屋から1時間過ぎても電話がなく
ちょっと心配になってきた頃
ようやく連絡が入った。

「〇〇自転車です。今息子さんが
 自転車を修理にと持ってこられました。
 いやー、よくこの自転車、持って
 来られましたね。。
 前輪がねじ曲がって押せませんよ。
 抱えてこられたんじゃないですか。
 足も怪我されているのに。。
 連絡されたら取りに
 行くこともできたたんですよ。
 自転車は修理不能なので
 自転車保険を使われて5000円で
 同じ車種の自転車を購入された
 ほうが良いと思います。」
と、自転車を持ってくよう指示した
冷酷な母親に非難めいた口調で言われた。

そんなにひどかったのか、と
申し訳なくなり、慌てて市内に戻った。
 
私が家に着いてすぐに息子が戻ってきた。
制服のズボンの膝の部分が破れ
膝小僧は擦り傷がひどく
固まった血がこびりついていた。
見るのも痛々しく

「うわ。ケガ、ひどかったね。」
声をかけると、

「あー、疲れたー。」

と、息子は勢いよく ソファーに
ドカッと座った。
すると、その振動で、
ソファーの肘掛けの隙間から
息子が失くした家の鍵が飛び出してきた。

「あー!俺の鍵だ。失くしたと思ったら
 見つかった!

 すげー。俺、今日はツイてるなぁ。」


と、言うもんだから
耳を疑った。

 「え!何が?」
と、尋ねると、

 「だってさー、自転車は2年で
  新品になるしさ、失くした鍵は
  見つかるし。
  あー、今日はいい日だなぁ。」
と、言うのである。

 びっくりした。
 膝から血を流しながら15分で行けるところを
 1時間以上かけて、前輪の曲がった
 自転車を押し抱えて自転車屋に行き、
 ようやくたどり着いた自宅で
 家の鍵が見つかったからといって、
 「今日はツイてる」とは。
 呆れた。

 ノーテンキ小僧は健在だった。


更に高校1年の時には
本格的に自転車ごと、車で跳ねられた。

息子が狭い道から飛び出したのが
原因だった。
直進している車の前に飛び出し、
息子は綺麗に弧を描いて4メートル
くらい飛んだそうだ。
でも当たったのは自転車だった。
目撃者の方から教えてもらった。

その事故の知らせを受けたのは
衣類売り場の試着室だった。
ちょうど試着しようと
パンツに片足を入れている途中ででた電話は、

救急車からだった。


なんとも間抜けな格好で
電話にでてしまった。

「〇〇さんですか?
 今救急車より電話しています。
 息子さんが車にはねられました。
 外傷は少ないですが、頭を打たれて、
 倒れられたので〇〇病院に向かいます。
 意識はありますが、
 お母さんも来られてください。」

えーーーー! 大変。

試着するために入れた足が震えて
動かない。変な格好で動けなくなった。

「いかがですか?」

店員さんの声に、慌てながら、
「あ、あ、あの、息子が事故で、、
 き、着るのやめます。」
とだけ返事して、慌てて服を脱ぎ始めたら
再び電話がなった。

「あ、お母さん。オレ。
 そんなひどくないから
 大丈夫なんだけどー。
 〇〇と約束してて慌ててはねられたんよ。
 〇〇またしてるから、行けなくなった
 と、伝えといて。」
息子からだった。

ホッとした。

ホッとしたけど、慌てた。 
約束していた時間を
1時間以上過ぎていた。
とりあえず
お母さんに連絡しておいた。
そんなこんなで、病院に向かった。
一通りの検査が終わると病室に呼ばれた。

「頭を打ったそうですが、
 今は意識もはっきりしています。
 CTでも異常は見られません。
 ただ今日1日は用心のため入院されたほうが
 良いかと思います。
 かなり飛んだらしいですから、
 翌日に痛みなどの症状が出る
 可能性もありますし。
 外傷は擦り傷くらいで、
 ケガは大したことなくて、
 良かったですね。」

ベットで横たわる息子は、
困ったように

「ごめん、ごめん。」と、謝った。

「運転していたおばちゃんに悪いこと
 した。心配してすごく泣いていた。」
「飛ぶ時はスローモーションなんだよ。」
「背中から落ちたから、頭をそこまで
 ひどく打たずに済んだ」

気まずいのか一気に話す。

「でも、大したことなくて良かった。」
涙目でそう言うと

「うん。救急車も呼ばなくて良いです、って
 立ち上がったら目眩がして、倒れた。
 見てた人が4メートルは飛んでるから
 救急車呼べ!って呼んでくれたんだ。」

また、周りの人に助けてもらった。

翌日迎えに行くと、幸いなことに
体の痛みもそうひどくなく無事に退院できた。

先生から
「もしかしたら、雨が降りそうな日には
 前日から頭痛がするような症状が
 出るかもしれません。 
 しばらくはひと月に1回通ってくださいね」

 と.言われたがその後雨の日にそんな症状も
 出ることはなかった。

おじいちゃんが、
守ってくれた気がした。


その事故のあと、友達のお母さんに
こう言われた。
「◯君、事故に遭ったんだってね!
 わたしも1度学校のそばで
 ◯君がいきなり出てきて、
 危うくぶつかるとこだったの。
 びっくりしたよー。
   でも たいしたことなくて本当に 
 良かったね。」
 
申し訳なさすぎて、穴があったら
入りたかった。
傘といい、自転車といい、あらゆる所で
人に迷惑をかけている息子だった。
今回ばかりはいいお灸になっただろう。
本人にもキツく言っておいた。

少しは慎重さを身につけなければ。

しかし、新しい自転車を買い直す時、
やはりこう言った。

「オレってツイてるなー。
 また1年で、新しい自転車が買える。」

ノーテンキはそのままだった。


「しあわせはいつもじふんのこころがきめる」

 相田みつをさんが書かれているけど

羨ましいくらい、しあわせの度数が高い。



                 
 


 
 







 
 









トリニティ

回り続ける三つの渦が、 織りなす世界を綴ります。